昨夜は三進トラベルさんで打ち合わせ…と思いきや、その一週間前に設置申し上げた「LANDISK」、まだ使ってないとのことで、最初から説明。その後、複数メールアカウントの複数ユーザー運用についてのコンサルティング。韓国旅行の仕事、本当に忙しいみたい。
今日は村松さんの事務所で打ち合わせ。サイトリニューアルについて、全面PHP化の方向でご承諾、報酬も若干アップ!その後「飲み」にお誘いいただくも、やむなく辞退…
昨夜も遅かったし、明日の晩は職場の新年度飲み会とか。今日は娘とじゃれておきたかったので。
ところが帰宅すると、ちょうど寝付いたところでございました。
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先週末、嫁の妹が出産、親戚一同初孫として可愛がられた、娘のハッピーオンリーの日々は終わるのです。やっと終わる。嫁の妹、よくやった、おめでとう!
でないと、殴ったこっちがヘコみます。
付き合って10年?11年?初めて平手打ち。4月10日は記念日になった。
ところで、本当なら家にいたくない状況でも、夜は帰宅していつものように寝なければならないのが、何と言うか、非常に不利なことだと、いつも思う。
怒っているのに、憤っているのに、更には許していないのに、必要最低限の会話を、ギリギリ揉めない程度に調整しつつ、やり取りしなければならない。
黙ってお互いムスッとしている気まずさなんて余裕。
いつもと同じように飯を食って、風呂に入って、眠って、次の日起きて出勤するまでの、何故か敬語交じりの、必要最低限の、目を合わさない会話!
…お金があったらねえ!別宅とかあったらねえ!
家の中では、炊事・洗濯などがメインの動きで、そこで親父の出る幕は無い。狭い団地だと、引きこもる部屋も無い。メインに参加できないと、居場所が無い。傍目にもぎこちなく、落ち着かない。嫁は、メイン業務でシャキシャキ動くことが出来、その狭い家の中では、自信たっぷりに見える。
不利!
殴った俺を睨み返した表情は、俺の母親が俺の親父に殴られた時と同じだった。
親父と同じにはなるまい、と小学校の時から誓っていたけど、同じになりそうな気配。
俺の嫁は違う、と思っていたけど結局、親父を憤らせる天才の、俺の母親と同じかもしれない。
夜12時過ぎて、やっと子供が寝た。
直前に母親が帰ってこなかったら、もっと遅くまで起きていたろうか。
母親は友人の披露宴、あろうことか2次会まで行きやがった。
それまで、修羅場だった食事(殆ど食べない)、風呂(異常な大泣き)、の最中、たまたま嫁の母より電話アリ。「ごめんなさい、今から電話してきつく叱るから」と言われて、嫁に対する憤りが萎えてしまった。絶妙のタイミングだった。
それまで、俺と娘は墨田公園にいたのだ。
三進トラベルさんのお花見にお呼ばれしていたので、家で子守り籠もりよりも負担でないだろうと考えたから(甘かった)。
それで、夕方6時に公園を出て、立川の自宅まで2時間かかった。途中トイレで娘の着替えもあったが。昼寝しないでいたから、銀座線に乗った途端、娘は昏睡状態になった。
新宿から座れたから、行きより数倍楽だった。
お花見自体は、それなりに猫かぶっていた娘だったが、膝をお借りしたキッカワさんのお召し物を濡らしてしまったかもしれない。ズボンにオシッコが、若干染み出ていたから。
3時集合のお花見だったけれども、合流出来た時は5時近かった。2時過ぎには家を出たのに。
行く途中、あまりにグズるから、新宿で一度降りて飲み物を与えたりしていた。ホームでギャア泣きして、ゴロゴロ転がるから、とても汚くなった。砂場遊びの汚れより断然汚く感じた。
非常に暖かい一日で、厚着し過ぎた俺は、汗でびしょぬれになった。
家を出てから帰るまで、2本しかタバコが吸えなかった。お花見では、娘は枝豆ばかり食べていた。
昼飯あんまり食べていなかったので、娘はもっと食べるとかと思ったけれど、知らない人たちばかりで緊張していたかもしれない。
今日の昼食は、嫁がヨーカドーで買ってきたマックのセットだった。
娘はポテトSしか食べなかった。嫁は、友人の結婚式の仕度で、それどころじゃなかったらしい。
午前中、嫁と娘でイトーヨーカドーに行っている間、チャンス!と思って『書く人』や新装版『秘伝』の画像をスキャナとデジカメとで取り込んでいた。
前の日、帰宅途中に寄り道して、村松さんの事務所に行った。出来立ての『書く人』や、俺がデザインと印刷手配をやらせてもらった「特製しおり」があった。それぞれ、とても上出来で、心底ウレシイと思えた。新装版の『秘伝』も実に見事に変身していたし、二人して3連のしおりを断裁したことも楽しかったし、慌しかったけれども、良い訪問だった。
実はこの日、久々にとてもとても眠くて、立ってボーッとしていれば即眠だった。
新しい職場の期末処理次期に当たっていて、この日は5時半起きの6時出、前の晩2時半まで起きていたから、正直仕事にならなかったし、PC画面見ながらたくさん居眠りした。
新しい職場と言っても、転職したという訳じゃなく、言わば転任なのだろう。会社の人々は「新しい職場どう?」と言わず「今度の現場どう?」と言うのだ。
3月24日頃確定して、3月31日から勤務だったから、引継ぎどころではない。ましてや年度末、さらには社葬まで重なって、今まで営業してきた有り難いお客様方を、悉く切った。
継続していた案件も、殆ど引き継ぎ出来なかった。単なるご挨拶もそこそこに、池袋本社を出たのだ。私の私物、私宛のFAX、お客さんからのメール、各種書類、PC内のデータ、全て綺麗にしたつもり。
そうしろ、という直接の指示は無かったけれども、今までの物販事業から撤退する、という方針だというので、要員案件に繋がらない私の顧客が、会社に篤く大事にされるはずもなかったから。
そもそも、ここ1・2年、辞めることばかり考えていたし、転任とか、事業部解体という話は、絶好のキッカケとも考えることが出来た。
だから、どう転んでもいいように、心の準備は出来ていたと思う。
それにしても、営業しかした事ないのに、システム要員とは!なんちゃってSEじゃんか。といっても、前任者は、体調悪化で引っ込むのだけれど、それは職場環境のせいであると言ってるらしい…いわく付き物件かよ!ハハハ!お誂えお誂え!
俺だったらいいかもネ。